【生産者様向け】ダイズの一生を考える【復活の黒大豆シリーズ】
近年は夏場の高温や乾燥など天候不順になることが多く、丹波篠山地域の丹波黒大豆生産が安定しない状況が続いております。そんな現状の助けになればと思い、『復活の黒大豆シリーズ』と題したコラムを執筆することといたしました。
第1回目は「ダイズの一生を考える」とし、ダイズの特徴を踏まえ、そこから土づくりや栽培管理における留意点を確認していきたいと思います。最後までお付き合いいただければと思います。よろしくお願いいたします。
第2回「ダイズ生産に必要な土づくり」
ダイズの特徴その1:高い窒素要求量
ダイズは、日本では古くから食用とされています。その特徴は高いタンパク質含量で、“畑の肉”と呼ばれることもあります。同じく古くからの主食であるコメ(玄米)との栄養価の比較を下に示します。
出典:日本食品標準成分表(八訂)(食品成分データベース|文部科学省)
単位:g
玄米は炭水化物の含有割合が大きいのに対し、ダイズはタンパク質(と脂質)の割合が大きいです。
玄米に多く含まれる炭水化物の構成元素は「炭素(C)・水素(H)・酸素(O)」であるのに対し、タンパク質の主な構成元素はそれら3つに加えて「窒素(N)」があり、約17%含まれると言われています[1]。
したがって、ダイズ子実には5.7%の窒素が含まれる計算になります。同様に計算すると玄米に含まれる窒素は1.2%です[2]ので、ダイズに含まれる窒素がいかに多いかが分かると思います。
ダイズの特徴その2:根粒菌との共生
植物は、光合成を行い炭水化物を生産します。原料は根から吸収した水(H2O)と、葉で取り込まれる二酸化炭素(CO2)で、通常肥料として与えられるものではありません[3]。
一方、タンパク質の主要な原料である窒素は肥料として与えられています。
窒素は、空気中に78%[4]と非常にたくさん含まれていますが、植物は葉で取り込むなどして直接利用することはできません。自然界では、窒素固定細菌と呼ばれる微生物が空気中の窒素を取り込んで利用することができます。
ダイズをはじめとするマメ科植物・サトウキビ・カンショ(サツマイモ)など一部の植物はこの窒素固定細菌と共生しています。これらの作物がやせ地でも育つといわれている理由の一つです。
ダイズは根粒菌と呼ばれる窒素固定細菌と土壌中で共生しています。根粒菌はダイズから光合成産物を貰い、空気中の窒素をアンモニアに変えダイズに供給します。根粒菌の窒素供給量は書かれている媒体によってまちまちですが、概ね10-30 kgN/10aと言われています[5]。
ここでダイズの収穫量をもとに、窒素の必要量を計算してみましょう。
ダイズを200 kg/10a収穫するために必要な窒素は、その5.7%ですので子実に含まれるだけでも
200 × 5.7% = 11.4 (kgN/10a)
必要な計算になります。茎葉も入れると18.7 kgN/10aほど[6]。丹波篠山地域で慣行的に行われている窒素施肥は4-9 kgN/10a程度ですから[7]、それ以外の部分については根粒菌や地力窒素[8]が担っていることになります。
ダイズが多収になるときは根粒菌が良くはたらくときで、その際の窒素供給比率は
施肥:地力:根粒菌 = 1:3:6
になるとも言われています[9]。根粒菌が活発にはたらけば、200 kg/10aといわず、もっと多収を目指せそうです。
肝心の根粒菌が良くはたらくのは、土壌の通気性が良いときです。また根粒ができる時期(ダイズが発芽して2, 3週間後)に土壌中の硝酸態窒素が多いと根粒がつかないので、初期の窒素施肥は抑えめにやる必要があります[10]。
ダイズの特徴その3:栄養生長と生殖生長の同時進行
ダイズをはじめとする植物のほとんどは、種子が休眠状態をやめ発芽し、茎葉を発達させ、花芽をつけ、種子を発達させるというライフサイクルを送ります。栄養生長というのは発芽してから茎葉の発達が終了するまでの間で、生殖生長は花芽をつけてから次世代の種子を残すまでの間を差します。
栄養生長と生殖生長が完全に切り替わる植物もあれば、同時進行する植物もあります。例を挙げますと、イネは分げつと茎葉の伸長が終了した後に出穂するので、完全に切り替わっているといえます。ピーマンは寒さで枯れるまで茎葉も大きくなりますし果実もつけるので、生殖生長を始めた後も、最後まで栄養生長が続いているといえます。
さて、ダイズに関しては、開花期から1か月程度は茎葉も大きくなります。丹波篠山地域の特産品である丹波黒大豆に関しては、8月上旬に開花が始まった後も、8月いっぱいは茎葉も大きくなります。この時期は栄養生長と生殖生長が同時進行するので、ダイズが最も養分を必要とする時期となり、肥培管理を怠ると大きな減収につながります。
ダイズ多収のための方策
ここまでダイズの特徴について列挙しました。ここからは、現場において肝心な、多収を実現するためにできることをご紹介します。
まずは圃場の排水性(≒通気性)を高め、作物の根を健康にし、かつ根粒菌の実力を発揮できる環境を整えます。具体的には、
暗渠、明渠の設置や、耕盤破壊を組み合わせて、圃場の排水に努める。
堆肥、緑肥などの投入により有機物を補給し、団粒構造を形成させ通気性を確保する。
また根粒菌の着生を促すために、
初期の窒素資材は抑え、中耕培土などで新しい根を積極的に発生させる。
特に生育にあたって注意を要する時期としては、
栄養生長と生殖生長が重なる開花期から1か月ほど(丹波黒大豆では7月下旬から8月いっぱい)は、特に作物の健康状態や土壌水分に注意し、必要なら灌水・液肥の葉面散布・病害虫の防除などの肥培管理を積極的に実施する。
もちろん、ここでは触れていませんが、作物にとって最適な土づくりと施肥設計も必要です(この辺りの情報につきましては、ただいま記事を準備中です。今しばらくお待ちください)。
ここに挙げたことは今までも言われてきたこと、当たり前だと思われていることかも知れませんが、改めてその意義を考え直し、全ての作業をダイズの多収につなげていくことができたらと思います。ここまでご一読くださり誠にありがとうございました。
[以下注釈]
1. ^ 日本食品標準成分表では、窒素を定量し、「窒素-たんぱく質換算係数」を掛けてたんぱく質の量を算出しています。ダイズの換算係数は5.71、玄米の換算係数は5.95です。そこから逆算するとたんぱく質中の窒素はダイズで1/5.71 = 17.5%、玄米で1/5.95 = 16.8%となります。便宜上この記事では約17%としています。詳しくはこちらの表6, 表7を参考。
2. ^ ダイズ:33.8/100 × 17% = 5.7%|玄米:6.8/100 × 17% = 1.2%
3. ^ 光合成の反応式:6CO2 + 12H2O → C6H12O6 + 6O2 + 6H2O
C6H12O6は代表的な炭水化物であるブドウ糖です。
4. ^ 容積比(v/v)。重量比(w/w)の場合でも75%。
5. ^ 令和5(2023)年産大豆の栽培技術指針|公益社団法人栃木県米麦改良協会 P4 表2 [PDF] ほか。
6. ^ 大豆栽培における窒素管理|GRWRS 「大豆1トン作るのに消費される養分量」にある表において、ダイズ子実への窒素養分転量が61%とされていますので、100/61 = 1.64より、ダイズ全体では子実の1.64倍の窒素が吸収されていると仮定して算出。
7. ^ 丹波ささやま農業協同組合が発行する栽培暦、またその他の肥料販売会社が推奨する施肥量から算出。
8. ^ 土壌に有機物の形で含まれ、微生物によって分解されることで作物が吸収できるようになる窒素。
9. ^ 農業と科学 1979年 11月号|チッソ旭肥料株式会社(現:ジェイカムアグリ株式会社) P3 [PDF] ほか。
10. ^ 令和5(2023)年産大豆の栽培技術指針|公益社団法人栃木県米麦改良協会 P7 「5 適正施肥」 [PDF] ほか。