『復活の黒大豆シリーズ』第3回目は「ダイズ生産における水管理」です。ダイズを含めた植物にとっての水の重要性、圃場の水管理の方法、その注意点を確認していきたいと思います。
水の重要性①:植物を構成する水
圃場における水管理を解説する前に、植物と水との関わりについて説明します。
植物の70-90%は水分でできています。草刈りをして晴天が数日続くとすっかり乾いて軽くなるのはこの水分が大気中に出て失われたためです。以下にエダマメ(ダイズの若採り)の成分を示します。実にその71%は水分です。
出典:日本食品標準成分表(八訂)(食品成分データベース|文部科学省)
単位:g
ダイズを含む被子植物の水分以外(乾物中)の元素組成を下に示します。炭素(C)・酸素(O)・水素(H)を合わせると90%以上になります。このうち酸素、水素は主に根から吸収した水(H2O)由来であり、炭素は主に葉から取り込んだ二酸化炭素(CO2)由来です。
出典:高橋英一 (1992)『元素からみた生物の世界』P.2 [PDF]
これら(CHO)は細胞壁に含まれるセルロースなどの繊維(炭水化物)、細胞膜などの脂質、各種酵素のたんぱく質など植物に欠かせない物質の構成元素であり、不足すると正常な生育は期待できません。
水の重要性②:植物が使う水
植物が根から水を吸うことは皆さんご存じだと思いますが、その原動力に水が深くかかわっていることはご存じですか?
植物は葉の気孔という部分から水を蒸発させます(蒸散と言います)。これにより葉の内部の水圧が低下し、根が水を吸い込みます。植物が吸収する水のほとんど(98%以上)はこの蒸散に使われ、その他が細胞に取り込まれたり光合成の材料に使われたりします。蒸散はその他にも、潜熱(気化熱)の作用で葉の表面温度を下げ、強光下で葉が焼けるのを防ぐ重要な働きがあります。
乾物1gを生産するのに必要な水の量を「要水量」といい、植物の水の利用法を表す指標のひとつです。ダイズは要水量が300g以上であり、これは水稲と同じか大きいくらいの量です。
出典:戸苅義次、山田登、林武 (1961)『作物生理講座 第3巻(水分生理編)』P.41
ここまでご覧の方には、ダイズをはじめとする植物にとって水がいかに重要であるかお分かりいただけたかと思います。
ところで、肥料における主要成分に窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)があります。それらより植物体内で重要で量も多い炭素(C)・酸素(O)・水素(H)は肥料の成分には含まれません。炭素の原料である二酸化炭素(CO2)は空気中にあり、酸素・水素の原料である水(H2O)は降雨により供給されるからです。しかし、近年は降雨がしばらくない期間があったり、過剰な降水を地表排水せざるを得ない場合があったりして、圃場が水不足になることが増えています。
このような条件ではダイズが水不足になることは確実で、生育の停滞を招き、大きな減収につながります。これを避けるためにとれる手段のひとつが畝間灌水です。
灌水のその前に
事前に圃場の排水性や通気性を高めておくことは最も重要です。降雨の後1日経っても水が引かないような圃場では、酸欠によりダイズの根が深く張らずそもそも干ばつに弱いので排水口と溝(畝間)をしっかりつなぎ、地表排水に努めます。水稲との輪作をしているところは耕盤が形成されていることも多いと考えられるので、特に秋から排水対策をきっちり行います。(このあたりは土づくりのコラムをご参照ください。)
生育期間中においても、ダイズの根張り具合によって灌水の必要性は変わります。根が深くまで張っていそうなら灌水頻度は少なくて済みますが、特に高畝で浅根であれば頻繁に水当てをする必要があります。
近年は菌根菌などの菌類との共生により根圏を拡大し、水不足に対応する動きもあります。
灌水のタイミング(水不足の判断)
水不足のタイミングを計るにはいくつかの方法があります。
① 1週間程度連続してまとまった降雨(10 mm/日以上)がない。
② 谷底(畝間)が白く乾く。
③ 葉が裏返る(下写真参照)。
これらの症状がみられる場合は水不足になっていることが考えられます。
降雨量データなど客観的な指標を利用したものとしてはダイズの灌水支援サービス(SAKUMOなど)もありますので、ご利用になるのもいいと思います。
写真:黒大豆圃場の葉が裏返るようす (2024.8.27)
灌水の方法
水尻(落水口)を土のうなどで止め、取水します。水の勢いが強ければ3-4時間ほどで圃場全体に水が行き渡ると思います。夕方から夜間にかけて灌水するのがおすすめです。水が行き渡ったことを確認したら、取水をやめ、速やかに排水します。
写真左:黒大豆圃場(水田転作田)の灌水直後 (2024.8.16 朝)
写真右:同圃場の水が引いた様子 (2024.8.19 昼)
動画:黒大豆圃場(水田転作田)の灌水の様子 (2024.9.6 夜)
丹波篠山地域では以前は灌水は敬遠されることが多く、理由のひとつに茎疫病や青枯病など病気の蔓延の懸念がありました。これを避けるためには以下のようなことを心がけます。
① 圃場に水が行き渡ったら速やかに排水すること。
② 夏の日中など地表面温度の高い時期を避けること。
③ 病気が発生しにくい圃場づくりをすること。
①・②により根傷みのリスクを避け、病原菌の侵入を防ぎます。③は土づくりの項目ですが、排水性を確保し、土壌有機物に富み、酸度とミネラルバランスの整った有用微生物の増えやすい環境を整えます。(このあたりは土づくりのコラムをご参照ください。)
圃場と生育に合わせた水管理によって、昨今の気候変動にも負けない作物を栽培しましょう。
おわりに
弊社では丹波篠山地域の生産者様の営農に関するご相談を承っております。担当者が直接お伺いすることも可能です。土づくりのこと、栽培管理のこと、その他営農に関すること、お気軽にご相談ください。
ここまでご一読くださり誠にありがとうございました。